CASE 05  桑名の家

商店街の続きを、
家の中までつくる。

靴の棚が並び、奥の緑まで抜けていく土間の通り

土地より先に、街が好きだった

家を建てたい場所の話をうかがったとき、返ってきたのは学区でも駅からの分数でもなく、 近くの商店街が好きだ、という話でした。 その通りを歩く時間ごと暮らしにしたくて、このエリアの土地を選ばれた。

要望は「明るいリビング」でも「広い収納」でもありませんでした。 ほんとうに欲しかったのは商店街を歩いているときの、あの機嫌のよさだと思いました。 それなら、家の中でも同じことが起きればいい。

商店街を «近くにある» 家ではなく、商店街が «続いていく» 家にする。

廊下ではなく、通りをつくる

ふつう、玄関からの通路は最短でつなぎます。面積を食うからです。 この家では逆にしました。幅を、思いきり取った。 アーケードのように天井を木で通し、両側に用のある場所を並べています。

一枚目の写真が、その通りです。 左に休むところ、右に靴の棚、突き当たりには中庭の緑。 歩いた先に何かあることが、通りの条件だと思っています。 行き止まりにはしていません。

玄関の土間と、片側だけ一段上がった木の床
入ってすぐは、まだ «外» のままです。床はグレーのタイルで、靴を履いたまま歩ける。 通りの片側だけを一段上げて、木の床にしました。 上がるという動作を、線ではなく «縁石» にする。 商店街の歩道と店先の関係と同じで、またいだ瞬間に内と外が入れ替わります。 腰かけて靴を履く、荷物を置く——この段が、そのまま休むところになっています。
壁一面の靴棚と、ガラス越しの衣装部屋
右手は靴屋のつもりでつくった棚です。扉はつけていません。 しまい込むと、持っていることを忘れる。並べておけば、選ぶ時間が生まれます。 その手前のガラス張りが服屋。掛かっている服が、そのまま通りの景色になります。
壁をくり抜いた飾り棚と、赤い椅子
壁をくり抜いた棚は、飾るための場所です。旅先で買ったもの、子どもがつくったもの。 入れ替わっていくことが前提なので、中身は決めていません。 ショーウィンドウがひとつあるだけで、通路は通路でなくなる。

二階は、花火の方角から決めた

間取りを引く前に、まず花火が上がる方角を確かめました。 年に一度のことです。でも、その一度のために家の向きを決めてもいいと思いました。

リビングの正面いっぱいに開いたバルコニーへの開口
いちばん大きなバルコニーを、その方角に開いています。 普段は洗濯を干し、椅子とテーブルを出して過ごす場所。年に一度だけ、特等席になります。 サッシを壁いっぱいまで引き込めるようにしたので、 開ければ床がそのまま外まで続きます。

つなげたまま、分ける

キッチン、ダイニング、リビング。壁では仕切っていません。 分けているのは床の段差と、天井から下ろした垂れ壁です。

開口を狭めるほど、その先は落ち着く。
広げるほど、そこは賑やかになる。
垂れ壁の向こうに見える、一段上がったリビング
ダイニング側からリビングを見たところ。木の垂れ壁で、開口をわざと低く絞っています。 くぐる感じが出ると、向こう側が別の場所になる。 それでいて視線は通っているので、声も気配も届きます。
タイル敷きのダイニングと、一段上がった木の床のリビング
手前のダイニングはタイル敷きのまま、リビングだけ一段上げて木の床にしました。 一階の通りと、同じつくりです。 床の素材と高さが変わるだけで、壁がなくても «別の部屋» になる。 段の縁は、そのまま腰かける場所にもなります。
勾配天井の下に広がるリビング
リビングはいちばん天井を高く取って、賑やかな側にしています。 壁際には低い棚を長く回して、床に座ってもいい高さにしました。 ソファに座る家ではなく、どこにでも座れる家にしたかった。
間接照明に照らされた壁と、球形のペンダント
天井の照明は、数を絞っています。壁の上を洗うように照らした光と、 丸いペンダントの明かりだけ。 「明るくない」と「暗い」は違う——落ち着かせたい側は、ここまで落としています。

赤みのある木と、石のような面

素材は最初から決めていました。赤みの出る木と、自然物のような肌の石・タイル。 この二つだけで組み立てています。

理由は、置く家具のほうにありました。 ミッドセンチュリーの照明と、北欧のヴィンテージ家具。 何十年か前につくられたものは、白い箱の中に置くと浮いてしまいます。 背景のほうに «時間が経っている感じ» がないと、家具だけが古く見える。

石調タイルの壁に沿うキッチン
キッチンの背面は、粒の見える石のようなタイル。 鏡面のパネルにすれば掃除は楽ですが、光をそのまま返してしまいます。 ざらついた面は光を拾って止める。天井の木の赤みが、この面に落ちて混ざります。
ヴィンテージ家具の置かれたリビングの一角
床も天井も、赤みの強い木で通しました。 革のソファ、緑の椅子、黒いスチールの棚——色の強いものを置いても喧嘩しないのは、 背景が中間の色をしているからです。 新品だけで揃えていないので、この家がいつからあるのか分かりません。

通りが、そのまま暮らしになった

住みはじめてから聞いたのは、玄関で過ごす時間が増えたという話でした。 靴を選ぶ、荷物を開ける、子どもが自転車を出す。 通路だと思っていた場所が、いちばん人の集まる場所になっている。

「商店街の近くに住みたい」という言葉を、そのまま立地の条件として受け取っていたら、 ただ駅寄りの土地を探して終わっていたと思います。 その言葉の下にあったのは歩いているときの気分のほうでした。 家の中に通りを一本引いたのは、それを毎日のものにするためです。

あなたが好きな場所は、
まだ家の外にありませんか。

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