桑名の家

商店街の続きを、
家の中までつくる。

靴の棚が並び、奥の緑まで抜けていく土間の通り

土地より先に、街が好きだった

家を建てたい場所の話をうかがったとき、返ってきたのは学区でも駅からの分数でもなく、近くの商店街が好きだ、という話でした。その通りを歩く時間ごと暮らしにしたくて、このエリアの土地を選ばれた。

要望は「明るいリビング」でも「広い収納」でもありませんでした。ほんとうに欲しかったのは商店街を歩いているときの、あの機嫌のよさだと思いました。それなら、家の中でも同じことが起きればいい。

商店街を «近くにある» 家ではなく、商店街が «続いていく» 家にする。

廊下ではなく、通りをつくる

ふつう、玄関からの通路は最短でつなぎます。面積を食うからです。この家では逆にしました。幅を、思いきり取った。アーケードのように天井を木で通し、両側に用のある場所を並べています。

一枚目の写真が、その通りです。左に休むところ、右に靴の棚、突き当たりには中庭の緑。歩いた先に何かあることが、通りの条件だと思っています。行き止まりにはしていません。

玄関の土間と、片側だけ一段上がった木の床
入ってすぐは、まだ «外» のままです。床はグレーのタイルで、靴を履いたまま歩ける。通りの片側だけを一段上げて、木の床にしました。上がるという動作を、線ではなく «縁石» にする。商店街の歩道と店先の関係と同じで、またいだ瞬間に内と外が入れ替わります。腰かけて靴を履く、荷物を置く——この段が、そのまま休むところになっています。
壁一面の靴棚と、ガラス越しの衣装部屋
右手は靴屋のつもりでつくった棚です。扉はつけていません。しまい込むと、持っていることを忘れる。並べておけば、選ぶ時間が生まれます。その手前のガラス張りが服屋。掛かっている服が、そのまま通りの景色になります。
壁をくり抜いた飾り棚と、赤い椅子
壁をくり抜いた棚は、飾るための場所です。旅先で買ったもの、子どもがつくったもの。入れ替わっていくことが前提なので、中身は決めていません。ショーウィンドウがひとつあるだけで、通路は通路でなくなる。

二階は、花火の方角から決めた

間取りを引く前に、まず花火が上がる方角を確かめました。年に一度のことです。でも、その一度のために家の向きを決めてもいいと思いました。

リビングの正面いっぱいに開いたバルコニーへの開口
いちばん大きなバルコニーを、その方角に開いています。普段は洗濯を干し、椅子とテーブルを出して過ごす場所。年に一度だけ、特等席になります。サッシを壁いっぱいまで引き込めるようにしたので、開ければ床がそのまま外まで続きます。

つなげたまま、分ける

キッチン、ダイニング、リビング。壁では仕切っていません。分けているのは床の段差と、天井から下ろした垂れ壁です。

開口を狭めるほど、その先は落ち着く。
広げるほど、そこは賑やかになる。
垂れ壁の向こうに見える、一段上がったリビング
ダイニング側からリビングを見たところ。木の垂れ壁で、開口をわざと低く絞っています。くぐる感じが出ると、向こう側が別の場所になる。それでいて視線は通っているので、声も気配も届きます。
タイル敷きのダイニングと、一段上がった木の床のリビング
手前のダイニングはタイル敷きのまま、リビングだけ一段上げて木の床にしました。一階の通りと、同じつくりです。床の素材と高さが変わるだけで、壁がなくても «別の部屋» になる。段の縁は、そのまま腰かける場所にもなります。
勾配天井の下に広がるリビング
リビングはいちばん天井を高く取って、賑やかな側にしています。壁際には低い棚を長く回して、床に座ってもいい高さにしました。ソファに座る家ではなく、どこにでも座れる家にしたかった。
間接照明に照らされた壁と、球形のペンダント
天井の照明は、数を絞っています。壁の上を洗うように照らした光と、丸いペンダントの明かりだけ。「明るくない」と「暗い」は違う——落ち着かせたい側は、ここまで落としています。

赤みのある木と、石のような面

素材は最初から決めていました。赤みの出る木と、自然物のような肌の石・タイル。この二つだけで組み立てています。

理由は、置く家具のほうにありました。ミッドセンチュリーの照明と、北欧のヴィンテージ家具。何十年か前につくられたものは、白い箱の中に置くと浮いてしまいます。背景のほうに «時間が経っている感じ» がないと、家具だけが古く見える。

石調タイルの壁に沿うキッチン
キッチンの背面は、粒の見える石のようなタイル。鏡面のパネルにすれば掃除は楽ですが、光をそのまま返してしまいます。ざらついた面は光を拾って止める。天井の木の赤みが、この面に落ちて混ざります。
ヴィンテージ家具の置かれたリビングの一角
床も天井も、赤みの強い木で通しました。革のソファ、緑の椅子、黒いスチールの棚——色の強いものを置いても喧嘩しないのは、背景が中間の色をしているからです。新品だけで揃えていないので、この家がいつからあるのか分かりません。

通りが、そのまま暮らしになった

住みはじめてから聞いたのは、玄関で過ごす時間が増えたという話でした。靴を選ぶ、荷物を開ける、子どもが自転車を出す。通路だと思っていた場所が、いちばん人の集まる場所になっている。

「商店街の近くに住みたい」という言葉を、そのまま立地の条件として受け取っていたら、ただ駅寄りの土地を探して終わっていたと思います。その言葉の下にあったのは歩いているときの気分のほうでした。家の中に通りを一本引いたのは、それを毎日のものにするためです。

あなたが好きな場所は、
まだ家の外にありませんか。

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